
大連で、ついに筋トレを始めました。
「今日からちゃんと身体を動かそう」と思ってジムに入ったのですが、最初に目に入ったのが、やる気満々の人間ではなく、完全にやる気のない猫だった時点で、もう勝負はついていました。
その猫は、なぜかマシンの上で堂々と寝そべっていました。
しかも、ただ寝ているだけではありません。まるで「人間は下で勝手に頑張っていればいい」とでも言いたげな顔で、こちらの存在を空気のように扱ってきます。こちらは汗を流すために来ているのに、あちらは動かずに空気を支配している。努力している側が、何もしない側に気を遣わされるこの感じ、なかなかの屈辱です。
日本のジムでは、まずありえない光景です。
日本なら、猫が1匹入り込んだだけで「かわいい!」と写真を撮る人、「衛生面は大丈夫?」と心配する人、「いや、まず退けよう」と動く人に分かれて、だいたい5分で何らかの対応が入るはずです。ところが大連では、誰も驚かない、誰も止めない、誰も気にしない。つまり、最初から“そういうもの”として扱われているわけです。猫にそんなに甘くていいのか、というより、むしろ人間側が完全に諦めています。
それにしても、あの猫の態度は見事でした。
筋トレをしているこちらは、重さに耐え、息を切らし、鏡の前で妙に真剣な顔までしているのに、猫は寝ているだけで全員に「格上感」を見せつけてくるのです。何もしないのに偉そう。働かないのに権力があるように見える。こういう存在、どの世界にもいますが、まさかジムで出会うとは思いませんでした。
大連では、こういう“ゆるさ”がなぜか日常として成立しています。
最初は異文化として面白いのですが、だんだん「こっちは真面目にやっているのに、向こうは適当すぎないか?」という気持ちになってきます。真面目な人ほど少し損をする、そんな空気が平然と流れているのがまた皮肉です。筋肉を鍛えに来たはずなのに、気づけば「理不尽を笑い飛ばす力」だけが強化されていきます。
というわけで、大連での筋トレ初日は、体を鍛える前に猫に社会の縮図を見せられました。
努力は静かに、怠けは堂々と。そんなジムでした。

コメント