
中国の街を歩いていると、広い道路や立派な建物が整備されている一方で、ゴミのポイ捨てが目に立ちます。
タバコの吸い殻、空き袋、ペットボトル、食べ終わった容器。ごく普通に道端へ捨てて、そのまま立ち去る人も少なくありません。観光地や川沿いの遊歩道など、一見きれいに整備された場所でも、足元を見ると細かなゴミが落ちていることがあります。
写真の男性は、海沿いの歩道で清掃作業をしていました。大きなゴミ袋を手に持ち、腰をかがめながら、歩道に落ちたゴミを一つひとつ拾っています。暑い日も、寒い日も、雨の日も、誰かが捨てたゴミを黙々と片付ける仕事です。
街がきれいに保たれているのは、市民一人ひとりの意識が高いからではなく、こうした清掃員の方々が絶えず働いているから――。そう感じてしまう場面もあります。
もちろん、中国でも環境意識は少しずつ高まっています。大都市では分別回収が導入され、ゴミの減量やリサイクルを呼びかける掲示も増えました。若い世代を中心に、公共の場所をきれいに使おうとする人も増えています。
しかし、制度や設備を整えるだけでは、ポイ捨ての問題は解決しません。ゴミ箱があるのに、そのすぐ横へゴミを置いていく人もいます。「清掃員が拾ってくれるから大丈夫」という考えが、どこかに残っているのかもしれません。
清掃員は、街の便利な機能ではありません。誰かが捨てたゴミを、別の誰かが拾っているその現実を、私たちはもっと意識する必要があります。
道路や公園がきれいなのは、ゴミが最初から存在しなかったからではありません。誰かが汗を流し、腰をかがめ、手を動かして片付けているからです。
「自分一人くらいなら大丈夫」と思って捨てた小さなゴミも、積み重なれば街全体を汚します。反対に、ゴミを持ち帰る、ゴミ箱に入れる、落ちているゴミを一つ拾う――その小さな行動が、街の印象を大きく変えるのではないでしょうか。
清掃員に頼るだけのきれいな街ではなく、市民自身が汚さない街へ。中国の街が本当の意味で美しくなるためには、清掃員の努力だけでなく、一人ひとりの意識の変化が必要です。

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